最近話題になっている「お米の価格高騰」。
ニュースでは「米が足りない」なんて言葉も飛び交っていますが、実際のところ、スーパーに行ってみるとどうでしょう?
山積みになってるじゃないですか。お米。
棚は普通に埋まってるし、「売ってない!」なんてことはまずありません。
それなのに価格はじわじわ、いや、グングン上がっていく。
価格が上がる理由は「不足」じゃない
これは米に限らず、世の中のあらゆるモノに共通する現象です。
-
みんなが欲しがる→価格が上がる
-
欲しがらなくなる→価格が下がる
供給量が変わっていなくても、需要が高まれば価格は上がるんですよね。
「米が足りない」というよりは、「高く売れるから高くしてる」側面もある気がしてなりません。
業者だって商売ですから、できれば高く売りたい。
消費者も米を食べたい。でも「高いから他を…」とはなりにくいのが、お米という主食の難しいところ。
このままだと価格は無制限に上がるかもしれない
誰もが米を求め、業者が価格を吊り上げても売れる。
この構造が続けば、理論上は価格に上限がなくなっていく。
「だったら安い外国産の米を買えばいいじゃない」
そう考えるのも当然です。実際、そう動く人も出てくるでしょう。
外国産米を選ぶとどうなるか?
確かに、外国産の米は安い。
味に大きなこだわりがなければ、十分選択肢になり得ます。
でも、それが当たり前になったら――
国内の米が売れなくなる。
その結果どうなるか?
農家が苦しくなる。
収益が立たなければ、作る人がいなくなる。
最終的には、「国産米=高級品」みたいな世界が現実味を帯びてきます。
そして、格差社会の波が米にも
-
お金がある人 → 国内産の美味しいブランド米
-
お金がない人 → 安価な外国産米、もしくは主食を変える
こんな構図が当たり前になるかもしれません。
「貧乏人は米を食うな」的な未来、ちょっとシャレにならないですよね。
まとめ:米を食べるにも“格差”の時代?
結局、「国産米を食べたければ、それなりの価格を払え」という時代が来たのかもしれません。
選ぶのは自由。でも、その裏で苦しんでいる人たちがいることも、忘れちゃいけないなと思います。
これが僕の感じた、ちょっとえぐい今の米事情です。