2026年2月5日木曜日

アートとイラストの違いについて

 

アートとイラストの違いについて、ずっと考えてきたことがあります。多くの人が「アート」という言葉をなんとなく使っている気がします。イラストを描いている人自身も、意外とその本質を深く理解していないケースが多いのではないでしょうか。もちろん、それでいいのかもしれません。別に誰もがアートの専門家である必要はないですから。
ただ、アートをある程度意識して見続けてきた自分としては、どうしても「イラストにはアートのような深い価値がない」と感じてしまう瞬間があります。有名な作家が描いたから価値が出る、という側面もあるでしょう。ポップアートなんかは、見た目だけならイラストとほとんど変わらない作風なのに、アートとして扱われていますよね。境界がすごく曖昧に見える。
でも、一番核心的な部分は、作者自身が「これはイラストではなくアートだ」と意識して作っているかどうかだと思っています。
「イラストとして描く」という意識で制作した場合、ほとんどの場合それはイラストの枠を出ない気がするんです。対して、「アートとして描く」という強い意志を持って制作したとき、初めて作品に独特の雰囲気や、深い価値が生まれてくるのではないでしょうか。
イラストは、表面的な美しさや楽しさ、わかりやすさ、かわいさ、かっこよさといった要素が主軸になりやすい。依頼主や視聴者を喜ばせること、伝えるべき情報を視覚的に届けることが目的の中心にあるから当然といえば当然です。
一方、アートは表面的に「きれい」「楽しい」かどうかは二の次でいい。むしろ、そうではない表現であっても、そこに何かを感じさせる力何かを伝えようとする強い意思があるからこそ、価値が生まれるのだと思います。
結局のところ、「何かを伝えたい」「感じてほしい」という内側からの強い衝動や意図があるかどうかが、アートとイラストを分ける一番大きなラインなのかもしれません。
もちろん、これはあくまで僕個人の感覚です。現代では境界がどんどん溶けていて、「どっちでもいい」「両方ありえる」という意見もすごく多い。でも、自分が絵を描くときや見るときに、この違いを意識すると、何か制作に対する姿勢が変わってくるような気がしています。

2026年2月3日火曜日

正解のない「AIアート」を、迷いながら歩き続けるということ。


 最近、あんなに楽しかったSNSへの投稿に、少しだけ足がすくんでしまう自分がいます。

毎日コツコツとAIでアートを作り続けているけれど、いざX(Twitter)にアップしようとすると、「これを見た人はどう思うかな…」と、ふと手が止まってしまうのです。

今のSNSで主流なのは、キラキラとした華やかな「AIイラスト」。 僕が作っているものは、それとは少しテイストが違う、自分なりの「アート」を表現しようとしたものです。

否定的な意見を言われるわけではないけれど、知り合いやフォロワーさんの視線を想像すると、「この作風、困惑されないかな」「なんだかモヤっとさせてしまわないかな」と、考えすぎてしまうのかもしれません。

アートという分野は、もしかしたら少しだけ、受け取る側にもエネルギーが必要なもの。 だからこそ、分かりやすい「イラスト」の方が喜ばれることもよく分かっています。

それに加えて、最近は自分自身の中にも小さな迷いが生まれてきました。

「最近、同じような絵ばかり描いていないかな?」 「作品がマンネリ化して、独りよがりになっていないかな?」 「そもそも、この方向性で合っているんだろうか……」

そんなふうに、自問自答のループに陥ってしまう日もあります。 暗闇の中で、出口を探して試行錯誤しているような、そんな感覚です。

でも、ふとこれまでの自分の歩みを振り返ってみると、やっぱり「今、これを作るしかないんだ」という想いに立ち返ります。他に選べる道があるわけでも、誰かの真似をして満足できるわけでもありません。

たとえ正解が分からなくても、この「迷い」や「葛藤」さえも、今の自分にしか作れないアートの種になるはず。

今はまだ気持ちが渦巻いているけれど、それでもまた明日、自分なりの表現を探してキャンバスに向き合ってみようと思います。

2026年2月1日日曜日

【原点回帰】5年の時を経て、ようやく「描きたかった世界」に手が届いた話

 



最近、アート制作にどっぷりと没頭しています。

思えば、ずっと作りたかったものがありました。でも、かつての自分の技術では、どうしてもそれを形にすることができなかった。そんなもどかしさを抱えていた私が、今、再び筆(プロンプトやマウス)を握っています。

3DCGの限界と、抽象画への迷走

かつてのメインツールは3DCGでした。メカニックなものや工業製品を作るには最高のツールでしたが、こと「人間」となると話は別です。

私が理想とする「いい感じの女の子」を描こうとしても、どうしてもCG特有の硬さが抜けず、当時のソフトの使い勝手も相まって、それはもう無茶に近い挑戦でした。

その後、逃げるように抽象画に手を出した時期もありました。「意味不明」と言われがちな抽象の世界。結局、作者である自分にしか分からない表現は、多くの人には届かない。そう痛感して、「自分には無理だ」と一度は夢を諦めたんです。

伏線が回収された「空白の5年間」

それから約5年。 その間にはコロナ禍という大きな時代の変化があり、私自身も絵画教室に通うなど、自分なりに「表現」と向き合う時間を過ごしてきました。

そして今、AIという、5年前には想像もできなかった圧倒的な技術が現実のものとなりました。

あの頃、技術が足りなくて形にできなかったイメージ。 あの頃、道具が不自由で諦めてしまった世界。

今、そのすべてがAIという翼を得て、ようやく形になり始めています。絵画教室で学んだことも、3DCGで苦労した経験も、すべてはこの瞬間のためにあったのではないか。今、そんな不思議な感覚の中にいます。

「上手さ」よりも「伝わること」を

世の中には、私よりもはるかに技術に長けたAIクリエイターが山ほどいます。でも、誰かと比べるのはもうやめました。

難解な自己満足のアートではなく、「一般の人が見て、直感的にいいなと思えるアート」。それこそが、私が本当に作りたかったものだからです。

今の自分にできる表現、今の自分にしか出せない味。 現状を楽しみながら、一歩ずつ、納得のいく作品を積み上げていこうと思います。

2026年1月17日土曜日

ゲーム開発の残酷な現実:完成するのは本当に1%? 各ステージの生存率を考察

 ゲーム開発の世界は、夢と情熱に満ちていますが、現実は厳しいものです。よく耳にするのが「ゲームを完成させられるのは1%しかない」という統計。

これは、インディー開発者やアマチュアがアイデアを思いついてから実際にリリースするまで、ほとんどのプロジェクトが途中で挫折するという意味です。

Steamや itch.io などのプラットフォームを見ても、未完成のまま放置されたゲームの山が物語っています。この記事では、この1%の壁を、企画、プロトタイプ、アルファ版、ベータ版、完成版の各ステージごとに分解して、どれだけのプロジェクトが到達するかを推定してみます。

私の経験と業界の一般的なデータに基づいた考察ですが、参考にどうぞ。

まず、企画段階。ここはアイデアの誕生点です。誰しも「こんなゲーム作ったら面白そう!」と思う瞬間がありますよね。ノートにメモしたり、友達に話したりするレベルです。

仮に100のアイデアが生まれたとしましょう。この段階で到達するのは、ほぼ100%。なぜなら、頭の中で考えるだけだからです。

でも、問題はここから。多くの人が「面白そうだけど、時間がない」「技術的に無理かも」と諦めます。実際に次のステップに進むのは、せいぜい50%くらい。

モチベーションが持続しないのが主な理由です。企画書を書くだけでも、具体化すると矛盾が出てきて、早々にポシャるケースが多いんです。

次に、プロトタイプ段階。ここで本格的に手を動かします。UnityやGodotなどのエンジンを使って、基本的なメカニクスを実装するんです。

例えば、キャラクターの移動や簡単なレベルを作ってみる。企画からここに進むのは、さっきの50%からさらに絞られて、全体の20-30%くらい。なぜ減るか? プログラミングの壁が高いからです。アマチュアの場合、チュートリアルをやってみたけど「思ったより難しい」と投げ出す人が続出します。

私の知り合いでも、アイデアはいいのにコードが書けず、1週間で止めた人がいます。プロトタイプが完成すると、ゲームのコアが形になるので、ここをクリアすれば希望が見えますが、時間と労力の投資が本格化する分、ドロップアウト率が高いんです。

続いて、アルファ版段階。プロトタイプから発展させて、ゲームの大部分を実装した状態。ストーリーやグラフィック、アセットを追加し、プレイ可能な形にします。

ここまで到達するのは、全体の5-10%程度。プロトタイプから半分以上が消えるイメージです。理由は多岐にわたります。バグの山に埋もれたり、デザインのバランスが取れなかったり。チームでやっている場合、メンバーの脱退も痛手です。

インディー開発の有名な失敗談として、No Man's Skyの初期版みたいにスコープが膨張して収拾がつかなくなるパターンがあります。アルファ版は「動くけど未熟」なので、テストプレイでモチベーションが上がる人もいますが、逆に「これじゃ面白くない」と気づいて諦める人も少なくありません。

さらに進んで、ベータ版段階。アルファのバグを修正し、UIを洗練させて、外部テスターに公開できるレベル。フィードバックを集めて調整します。ここに辿り着くのは、全体の2-5%。アルファからさらに絞られるんです。

なぜなら、ポリッシュ(磨き上げ)の作業が地味で長丁場だから。マーケティングの準備も始まり、金銭的なプレッシャーがかかります。Steamのウィッシュリストを集めたり、ベータテストで酷評されたりすると、心が折れやすい。

実際、Kickstarterで資金を集めたプロジェクトの多くがここで止まります。ベータ版は完成の目前ですが、クオリティの壁が立ちはだかるんです。

そして、最後の完成版段階。リリース! App StoreやSteamにアップロードし、プレイヤーに届けます。ここまで到達するのが、冒頭の1%。厳密に言うと、0.5-1%くらいの感覚です。ベータからさらに減る理由は、法的問題(著作権)や最終調整の疲労、または単に「もういいや」となる burnout です。

成功例として、UndertaleやCelesteのようなインディーヒットは、この1%の勝者ですが、彼らは例外。ほとんどのプロジェクトは、途中で消えていきます。

この生存率の低さは、ゲーム開発の魅力と難しさを表しています。なぜ1%なのか? それは、創造性だけでなく、忍耐力、スキル、時間管理が必要だから。

アドバイスとして、まずは小さく始めること。MVP(Minimum Viable Product)を目指せば、プロトタイプまで進みやすいです。また、コミュニティに参加してフィードバックをもらうのもおすすめ。

Game Jamのようなイベントで短期間開発を経験すると、挫折耐性が上がります。あなたが開発者なら、1%の壁を突破するチャンスはあります。諦めずに一歩ずつ!

2026年1月11日日曜日

僕なりの「ゲーム・アプリを完成まで作る方法」

僕は、自分が本当に作りたいと思ったゲームやアプリしか作りません。

誰かの依頼を受けて作る、ということはほとんどないです。

そのため、請負開発とは少し事情が違うかもしれませんが、
「途中で挫折してしまう人が多い」という話はよく耳にします。

では、挫折しないためにはどうすればいいのか。
今回はその点を中心に書いていきます。

大きな構想より「ビジョン」

僕は制作を始めるとき、最初から大きな構想や詳細な企画書を用意しません。
ただし、ビジョン(イメージ)はあります。

このビジョンこそが、すべての始まりだと感じています。

制作が少し進んだ段階で、
「これは他の人が買う可能性もあるかもしれない」
と思える瞬間がやってきます。

制作時間は少なくてもいい

1日の制作時間は多くありません。
だいたい1〜3時間くらいです。
それ以外にもやることはあります。

どうしても面倒なときは、
「少しだけ見る」「ちょっと触る」
そのくらいの感覚で始めます。

ほんの少しでも進んでいれば、開発は止まっていません。

一度完全に止まってしまうと、
頭の中にあったビジョンがどこかへ消えてしまうことがあります。

だから、少しでも毎日進めることが大事です。

これは技術の問題ではなく、完全にメンタルの問題だと思っています。

行き詰まったら、仕様を変える

もちろん、行き詰まることはあります。
そんなときは、仕様そのものを変えることもあります。

無理に最初の形にこだわらず、
柔軟に工夫していく方がいいと思います。

そもそも、最初から決まった工程や企画書が好きではありません。

ゲームやアプリは、
最初のビジョンがあって、
そこから少しずつ拡張していくものだと考えています。

ある程度進むと、
「これもやりたい」「あれも入れたい」
というアイデアが自然と出てきます。

それはとても良い進み方だと思います。

第三者の視点を意識する

制作中、いつも考えるのは
「このゲーム・アプリを、客観的に見たらどう感じるか?」
ということです。

第三者の目線がないと、
使い勝手が悪くなったり、完成度が下がったりします。

販売を視野に入れるようになると、
なおさら第三者視点が欲しくなります。

最初から詰め込みすぎない

多くの開発者を見ていると、
最初から広大なストーリーや膨大な内容を想像している人が多い気がします。

しかし、そうした企画の多くは途中で終わってしまいます。

最初から大きく詰め込まないことは、とても重要だと思います。

もちろん、大規模な企画でも最後まで作れる人はいるでしょう。
ただ、それは少数派だと思います。

生活状況とメンタル

制作を続けられるかどうかは、
その人の生活状況にも大きく左右されます。

僕は本業でもコンテンツ制作をしていますが、
今は仕事がかなり少なく、ゲーム制作に時間を使える状況です。

言い換えれば、
「今やることは、ゲーム・アプリを作ることしかない」
という、ある意味追い詰められた状態でもあります。

本来なら本業が忙しく、収入も安定しているはずでした。
しかし、それは過去の話で、今は仕事がほとんどありません。

忙しい人や、本業に集中しなければならない人が
ゲームやアプリを作り続けるのが難しいことは、よく理解できます。

それでも作り続けている人がいるのも事実です。

結局のところ、
一番大きいのはメンタルの問題なのだと思います。


付け加えて書いておくと、僕はかつて「自分は絶対にゲームは作らない」
と思っていました。

理由は単純で、ゲームは娯楽として作る分にはいいかもしれないけれど、
売れないし、収益にならない
と考えていたからです。

実際、過去にゲームを作って、まったく売れなかった苦い経験があります。
その経験から、「ゲームは作ってはいけないもの」と、自分の中で決めつけていました。

とはいえ、潜在的には作りたいと思っていたのだと思います。

なぜなら、昔のゲームエンジンを、かなり高いお金を払って購入し、所持していたからです。
中には、パッケージを未開封のまま手放してしまったものもあります。

そして今でも、当時購入したゲームエンジンをいくつか持っています。

理屈では否定していても、
心のどこかではゲーム制作を完全に手放せていなかったのだと思います。

ゲームを「やらない」時代

昔は、ゲームで遊ぶことすら避けていました。

ゲームは時間がかかりますし、仕事の邪魔になると考えていたからです。

その結果、僕はプレイステーション1〜4を一度も買っていません。
PS5を初めて購入しました。

パソコンのゲームを少し触る程度で、
長い間、仕事に集中するためにゲームそのものを拒否してきました。

状況が変わったとき

しかし、仕事が暇になってしまったとき、「じゃあ、ゲームでもやるか」
と思うようになりました。

そこからさらに、「どうせなら、ゲーム制作を本気でやってみよう」
と考えるようになります。

正直、少し無謀かもしれません。

仕事に積極的に目を向けることはせず、最低限の仕事だけをこなしながら、
残りの時間をゲーム制作に使う。

これが、今の僕の生活スタンスです。

なるにぃのクラファン騒動について、個人的に思うこと

正直、この文章を書くかどうかはかなり迷いました。

この事件は僕自身が直接関わっているわけではありませんし、書いたところで何かが解決したり、誰かの役に立つとも限りません。

それでも、どうしても驚きを隠せなかった出来事でした。

僕はゲーム制作者で、昨年は横スクロールアクションゲームを制作しました。その立場から見ると、今回の件は正直「考えられない」と感じています。

今回の企画は、
横スクロールアクション+ハクスラ要素+ストーリー重視
といった内容だったと思いますが、これらをすべて詰め込むのは、相当ハードルが高いです。少なくとも、なるにぃ本人が制作する前提では、かなり無理がある企画だったと感じます。

その結果、ディレクターに丸投げする形になったのだと思います。
しかし、そのディレクターは、なるにぃがゲーム制作に詳しくないことを利用し、嘘やごまかしを重ねていたのではないでしょうか。

もし本当に「ゲームを完成させられる優秀なディレクター」だったなら、今回の事件は起きなかったはずです。
制作費が足りない、期間が足りないのであれば、企画段階で調整することは十分に可能だったはずです。

特に深刻だと感じたのは、完成度が約1%程度だったという点です。
残りの2%は未使用データやアセットだったとも聞いていますが、これはかなり酷い状況だと思います。

4000万円を使って完成度1%。
単純計算すると、完成までには40億円かかる計算になります。
制作期間が約3年弱だとすると、100倍で約300年近くかかることになります。

ここまで来ると、ディレクターが最初から騙すつもりで仕事を請け負ったと考えるのが自然ではないでしょうか。

進捗報告をほとんどせず、毎月お金だけを受け取り、先延ばしにしていた――
そんな状況は十分に想像できます。

そして、これ以上の先延ばしが難しくなったためにディレクターが逃げたのか、
あるいは詐欺に気づいたなるにぃが解雇したのか。
どちらにしても、すでに手遅れだったのでしょう。

個人的には、
・4000万円の具体的な使用内訳
・ディレクターとのやり取り
・これまでの経緯

これらをすべて公開すべきだと思います。
それが一切ないからこそ、多くの人がモヤモヤしているのだと思います。

そして僕が一番懸念しているのは、この事件が「まだ終わっていない可能性」です。
二度目の詐欺が起こる可能性すらあると感じています。

なるにぃがゲーム開発を理解していない状況は、今も変わっていません。
そうであれば、再びうまく丸め込もうとする人が現れる可能性は十分にあります。

そのとき、適切な判断ができるのでしょうか。

そもそも「丸投げ」は非常に危険です。
丸投げしてしまうと、ディレクターに何をされても文句が言えません。
制作費の増加や制作期間の延長を、発注者が管理するのは極めて困難です。

ディレクター側は、当然ながら多くの報酬を得たい立場です。
そのため、制作費が増える方向に話を持っていくのは自然な流れでもあります。

「完成するまで1円も支払わない」という契約であれば話は別ですが、
毎月制作費を支払う契約であれば、先延ばしした方がディレクターにとっては得になります。

以上を踏まえてまとめると、

  • このディレクターは、最初から詐欺に近い計画を立てていた可能性が高い

  • なるにぃのゲーム制作に対する理解不足、丸投げ、管理不足が大きな原因

  • YouTubeやクラファンで得た大金による、どんぶり勘定体質は今も変わっていないのではないか

  • 第三者が開発状況をチェックする体制を作らない限り、適切な管理は難しい

以上が、今回の件についての僕の正直な考えです。

2025年12月31日水曜日

2025年にあったことまとめ記事

あー、もう2025年も終わりかあ。早いなあ。本当にあっという間だった。今年はほんと、ゲームばっかり作ってたなあ。ゲームとかアプリとかに時間めっちゃ使っちゃって、本業の仕事はもう最低限のことだけやって、なんとか回してた感じ。サボってたって言われても仕方ないくらいだけど、まあ自分の中ではそれで良かったと思ってる。
で、来年はさ、一つでっかい目標っていうか、やるべきことあって。それは当初の目的に戻るみたいな感じで、ゲーム関連のやつなんだけど…正直、できるかどうかは全然わかんない。でもとりあえず、そこにちゃんと向き合ってみたいって思ってる。なんか原点回帰ってやつだね。
それと、今年の締めくくりとして、ゲームエンジン用のAIアシスタントってツールを作ったんだよ。これがね、自分でもびっくりするくらい面白いやつになった。
要はゲーム開発を手伝ってくれるツールなんだけど、俺が「こういうの欲しかった!」って思う機能、全部詰め込んであるんだよね。正直、自分で使ってて「うわ、これ便利じゃん」って何度も思った。なんか自分らしいっていうか…自己啓発ツールみたいになってる部分もあって、自分が成長するのをちゃんとサポートしてくれる感じがすごくいい。
このブログもさ、当初の予定通り雑談ばっかりで、特に何かを伝えようとかじゃなくて、ただの自分のつぶやきみたいなもんだけど、それでいいやって今は思ってる。もし誰か読んでくれてて、ちょっとでも「こいつ面白いな」って思ってくれたら、それだけで嬉しいけどね。
これからもゲーム開発のこととか、AIのこととか、たまに個人的な妄想とか、社会のこととか、気が向いたら書くかもしれない。別に大きな意味はないんだよ。ただの俺のアーカイブみたいなもん。
最近おもしろかったのはさ、昔のゲームエンジンを久しぶりに引っ張り出して触ってみたら普通に動いて、それで今作ってる開発ツールにちょっと聞いてみたら、その通りにやったら本当に簡単なゲームがパパッと作れちゃったんだよね。あの瞬間、なんか笑っちゃった。自分で作ったツールに助けられてるって、変な感じだけどすごく楽しかった。
実験作品も今年はいっぱい作ったけど、ほんと中途半端に終わっちゃったやつばっかりだったなあ。でも最初からちゃんとビジョンがあったやつは、意外と最後まで完成させられたんだよね。そういうの見てると、やっぱり方向性って大事だなって思う。
2025年を振り返ると、やっぱりアイドルマスターにどっぷりハマった年だったなあ。本気でやるつもり全然なかったのに、間違えて買っちゃって、もうやるしかないじゃんって感じで始めたら…今となってはやって良かったって心底思ってる。あれやってなかったら、きっと今でもなんか心にモヤモヤ残ってた気がする。
でも3周もしたから、もういいや。完全にやりつくしたっていうか、飽きたっていうか…満足したんだよね。
で、今はソフィーのアトリエ2やってるんだけど、これがまたよくわからんゲームでさ。いまだに試行錯誤ばっかり。何をどうすればいいのかさっぱりわからなくて、それでもなんか少しずつ進んでる感じ。まあでも、ソフィーがめっちゃ可愛いから許せちゃうんだよな。結局このゲームの魅力って、全部あの子の可愛さに集約されてる気がする。
そんな感じで、2025年もいろいろあったけど、まあ悪くない一年だったかな。みんなも良いお年を〜。来年また何か面白いことできたらいいな。

2025年10月18日土曜日

バイブコーディングで3DアクションRPGを作ってるけど正直ちょっと混乱してる話

 

実は今、ちょっと混乱してるんですよ。
というのも、バイブコーディングで3DアクションRPGを作ろうとしてるんです。
……って言っても「バイブコーディングって何?」って人の方が多いと思うんですけど、簡単に言うと“コードを見ないで、AIと一緒に作る”みたいな感じです。
自分でも説明しづらいです(笑)。

今回使ってるのは Rosebud AI という、3Dに強いAI。
でもね、正直どこまでできるのか全然わからない。
毎日手探りです。
「これ本当に完成するのかな…?」って思いながら作ってます。

しかも今回はオープンフィールド型の3DアクションRPG
自動生成でフィールドが広がるタイプ。
文字にするとすごそうなんですけど、やってる本人はもう不安だらけです。
というか、バイブコーディングでそんな大作が本当に作れるのかって、自分でも疑ってる。

これまでも、バイブコーディングでいろんなゲームを作ってきたんです。
そのたびに「これ、ちゃんと動くのか…?」って思ってた気がする。
でも今回はその比じゃないです。
スケールが違う。
しかもゲームエンジンを使ってるわけでもないし、コードを直接見ることもできない。
だから後からバグが出たら詰む可能性もあるんですよね。
修正できないことだって、全然ありえる。

それでも作りたいんですよ。
前人未到というか、誰もやってないことを試してみたい。
でもそれと同時に、「これ、ほんとに完成するの?」って頭のどこかでずっと思ってる。

今もまだいくつか大きな課題が残ってます。
それが解決しない限り、完成の見通しはまったく立たない。
でも、そういう“先が見えない感じ”が逆に面白いのかもしれない。
バイブコーディングって、結局そういう世界なんですよね。

主人公が歩いた。それだけでちょっと感動した話。

今日はちょっと嬉しいことがありました。
主人公の「歩くアニメーション」ができたんです。

……いや、「歩くだけで?」って思うかもしれないんですけど、
これが本当に嬉しかったんですよ。

今回作ってるのは3Dポリゴンじゃなくて、画像ベースのアニメーション。
つまり“動画AI”を使って動かしてる感じなんです。
正直、ポリゴンでやってたら無理だったと思います。
重すぎて動かないはず。

で、その主人公がね、歩くたびに服がちゃんと揺れるんですよ。
これがまたすごくて。
物理法則っぽい動きになってる。
それを見た瞬間、「うわっ…!」って声が出ました。
地味なんだけど、感動しました。

このアニメーションは10フレーム。
たったそれだけのループなんですけど、
それを作るのにもけっこう苦労しました。
でも結果的にちゃんとできた。
もしここで失敗してたら、たぶんプロジェクト自体が終わってたと思う。
だから、ここは本当に大きな一歩です。

まだ“歩く”だけの話なんですけどね。
でも、ようやく主人公がフィールドを走り回れるようになりました。
最低限の「動き」ができたという感じです。

ただ、ここからが本番。
RPGらしくするには、フィールドに景色が必要です。
海とか、山とか、森とか、街とか——そういう世界観を作りたい。
でも、それがどこまで作れるのか、正直まだ全然わかりません。

そして次は“敵”ですよね。
敵が出てきて、戦って、経験値を得て…っていう当たり前のRPG要素。
それをバイブコーディングで再現できるのか?
ここが本当に未知です。

普通ならUnityとか使ってやるような話です。
でも今回はゲームエンジンなし、コードも見ずに作ってる。
だからもう、無茶といえば無茶です。
キャラクターも全部ポリゴンで作れないかもしれない。
もしかしたら全部“画像アニメーション”でやるしかないという、
ちょっと狂気じみた企画になりそうです(笑)。

だからこそ、いつも不安がつきまとうんですよね。
「本当にこれ、ゲームになるのか…?」って。
でも、そんな不安とワクワクの中で進んでる感じ。
それがバイブコーディングの面白さでもあり、怖さでもあるのかもしれません。

アートとイラストの違いについて

  アートとイラストの違いについて、ずっと考えてきたことがあります。 多くの人が「アート」という言葉をなんとなく使っている気がします。イラストを描いている人自身も、意外とその本質を深く理解していないケースが多いのではないでしょうか。もちろん、それでいいのかもしれません。別に誰もが...